大 内 家




最終更新 2005/03/30
◆周防大内家臣団の面々

※画像はあくまでもイメージです。


 
 ≪大内義隆≫
 周防大内家31代当主。
 西国7ヶ国の守護を務め、中国・北九州地方一帯に覇を唱えたが
 後に重臣・陶隆房 (晴賢) の謀反に遭い、長門大寧寺において自害して果てた。
 山口領主・道重家の主家筋に当たる。

 
 ≪相良武任≫
 周防大内家臣。遠江守。文治派筆頭。
 文事全般に通じ、主君・義隆の信頼を一身に受けた。
 後に武断派の陶隆房 (晴賢) と対立し大内家を出奔するが、程なくして捕縛の身となる。
 隆房 (晴賢) 謀反の際、筑前花尾城にて殺害されたという。

 
 ≪陶隆房 (晴賢)≫
 周防大内家重臣。周防守護代。武断派筆頭。
 西国無双の侍大将と評された程の武人で、大内家中における武断派の雄。
 合戦の際には、主君・義隆の名代として軍勢を率い周辺諸国を攻略。
 中国・北九州一帯に領土を拡大し、大内家に隆盛をもたらした。
 後に義隆を殺逆し、義隆の子・義尊を当主に迎えて大内家を傀儡化したという。

 
 ≪藤本美貴≫
 傭兵。蝦夷地出身。
 鎌倉創業期の名将・源九郎義経の再来と評された女傑。
 蝦夷地で幼少期を過ごした後、和国 (本土) に渡り傭兵業を生業とした。
 九戸信仲を始め、諸大名の許で活躍し、その武勇を内外に知らしめたという。
 後に陶隆房 (晴賢) と出会い、その類稀な才能を乞われて陶家に迎えられる事となる。
 名槍・片鎌槍を手に愛馬・肉刺皇 (まめおう) に跨って戦場を疾駆する姿は
 古の軍神の如く勇猛果敢で、敵味方を問わず大いに畏怖された。

 
 ≪内藤興盛≫
 大内家臣。長門守護代。武断派の一人。
 毛利家臣・内藤隆春の実父。
 陶隆房 (晴賢) 謀反の際、これに与するが積極的には動こうとせず
 後に孫の隆世が隆房 (晴賢) に従った為、これと対立し家中が分裂したという。




動画 アダルト動画 ライブチャット