道 重 家




最終更新 2005/03/30
◆道重家臣団の面々

※画像はあくまでもイメージです。


 
 ≪亀井絵里≫
 戦国乱世を巧みに生き抜いた少女。弾正忠。
 生き延びる為の処世術に長け、天性の才能 (性癖) をも兼ね備えた逸材。
 扇谷上杉家臣・亀井某 (弾正) の娘で、名を絵里と称した。
 扇谷上杉家滅亡後、浪人となった実父・弾正とともに諸国を放浪。
 16歳の時、山口道重家の3代目当主・さゆみに召されて奥近習を務める事となった。
 利発で容姿美しく、また才智溢れる美童であったと謳われ
 絵里に対するさゆみの寵愛振りが「道重公記」に記されていた程である。

 
 ≪道重さゆみ≫
 山口領主・道重家3代当主。
 道重家の命運は、周防大内家・豊前大友家との狭間で翻弄されており
 さゆみは誕生後まもなく大内家の許で13年に及ぶ人質生活を過ごす事となる。
 先代の死後は実家に戻り、大内家に従属する形で家督相続を済ませた。
 家督相続後は国内外に広く人材を募集し、浪人の娘・亀井絵里を始め
 海賊出身の田中れいな等、素性に囚われぬ有能な家臣団を形成していく事となる。

 
 ≪田中れいな (麗奈)≫
 倭寇 (海賊) の一員・麗如の養女。
 元々は戦災孤児の出であり、博多の街中で物乞いをしていた処を養父に拾われる。
 以来、養父の許で海賊としての心得を学び、高い身体能力と砲術を会得していく。
 15歳を迎えた頃、道重さゆみの賢求令に応じて道重家に仕官し
 浪人の娘・亀井絵里と共にその幕下に身を投じる事となった。

 
 ≪堀田三佐衛門≫
 道重家臣。
 長年閉居の身であったが、当主さゆみの命により罪を許されて復帰を果たす。
 亀井絵里仕官に際してその検視役を務めたが、程なくして道重家を出奔した。

 
 ≪柿村河内守≫
 道重家重臣。武断派筆頭。
 道重家3代に仕え、さゆみの代では筆頭家老の要職を務めるまでに至る。
 戦場では常に道重軍の先鋒を務め、その剛勇ぶりは大内義興をも賞賛させる程であったという。
 また、海賊出身の田中れいなを推挙する辺り、優れた人物鑑定眼を兼ね備えていた様に見受けられる。
 道重家内乱の際、文治派・寺光灰春斎が放った刺客の手によって暗殺された。

 
 ≪上野弥五郎≫
 道重家臣。武断派の一人。

 
 ≪村山景国≫
 道重家臣。武断派の一人。
 柿村亡き後は西原上野介の策に従い、宇部城裏の山道を守備する。

 
 ≪西原上野介≫
 道重家臣。武断派一の知恵者。
 剛毅かつ知略に富んだ人物で、柿村河内守と共に主家の隆盛に貢献する。
 柿村亡き後、混乱状態にあった武断派を収拾し反乱軍との対決姿勢を顕にした。

   
 ≪寺光灰春斎≫
 道重家宿老。文治派筆頭。
 権謀術数に長け、幼い頃から謀り事の才を示したという異才の人物。
 道重家3代に重く用いられ、側近として政務政略の一切を任されると
 その警察・司法権を足掛かりに自らの勢力を拡大させていった。
 現在、武断派筆頭の柿村河内守とは対立している関係にあるが
 その様相は、大内家の相良武任と陶隆房 (晴賢) の対立関係に酷似しているらしい。

 
 ≪道重景信≫
 道重一門。文治派の一人。
 若年の宗家・さゆみに仕え、寺光灰春斎らと共に道重家の家政を執行した。
 道重家内乱の際、反乱軍の総指揮を執り、軟禁中であった寺光を救出。
 以後、宗家に対して反旗を翻す事となった。

 
 ≪本上清七郎≫
 道重家臣。文治派の一人。

 
 ≪道重氏英≫
 道重一門。三郎。3代当主・さゆみの義兄。
 元は九州の小豪族出身で、山口道重家の養子として迎えられるが
 家臣団と諍いを起こして出奔、筑前の地で仏門に帰依したという。
 道重家内乱の折、文治派の寺光灰春斎・道重景信らに擁立され
 義妹・さゆみと家督争奪戦を繰り広げる事となった。




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